連載 「ドクター伊地智の宇宙ことはじめ」 第3回 
オーロラを作る!?
日本で初めてスペースシャトルを利用したのは?

スペースシャトル内にある再生可能な宇宙実験室「スペースラブ」。そこで初めて行われたのはオーロラの再現実験だった。

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  • オーロラ現象の解明を行うミッション、SEPAC
  • スペースシャトルのスペースラブを使った初めての実験
  • 帰還したプラズマ電磁加速器は宇宙科学研究所に展示されている

オーロラ現象をスペースシャトルを使って解明する試み、SEPAC

極地方のオーロラは、古来神秘の現象として崇められて来た。どうもホモサピエンスの性なのか(それが人類の持続的な生存のために良いのか悪いのかは判らないが)「何故?」ということからその科学的な解明が1960年代に科学衛星を用いて進められてしまった。そして「太陽から飛来した荷電粒子が地球の磁場に捉えられ、そのN極とS極である北極と南極の周りにて地球の上層大気と衝突して発光する現象である」ということが周知のこととなっている。

そしてさらに日本国内ではあまり知られていないが、1970年代に、そのことを運行開始したばかりのスペースシャトルを利用して確認しようというアイデアがあった。それまでの小型の科学衛星では電力的/規模的に出来なかった加速器を使用して積極的に地球の磁場に向かって荷電粒子を打ち込むというものだ。

そして、日米双方の科学者から出たそのアイデアにNASA本部が動いた。日本では当時の東京大学宇宙航空研究所と、米国ではアポロ計画のサターンV型ロケット開発で有名なあのフォンブラウン博士のマーシャルスペースフライトセンター(アラバマ州ハンツピル)との共同プロジェクトして動き出したのだ。人工オーロラを作るこのプロジェクトはシーパック(SEPAC:Space Experiment with Particle Accelerators)と名づけられた。

日本側が開発した電子銃(ブラウン管の電子銃を大型にしたもの...と言ってもテレビのブラウン管をご存じない方もいるかもしれない)とプラズマ電磁加速器から宇宙空間に電子ビームとプラズマを打ち込んで、そのふるまいを搭載したテレビカメラや観測装置により観測し、オーロラの発生メカニズムの研究を実施したのである。

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スペースシャトル搭載の繰り返し利用可能な宇宙実験室。宇宙実験は今では国際宇宙ステーション(ISS)にて行われている。(C)NASA

ヒューズが飛ぶ

壮大な宇宙空間を実験場とした科学者とは別に、実験装置を作るエンジニアとしても、直接NASAのエンジニアと対話してスペースシャトルの規格と安全要求に合致する宇宙機器を設計製造する初めての機会に遭遇出来たわけで、興味津々の充実した日々となったのは言うまでも無い。そして1983年11月にスペースシャトル9号/スペースラブ1号に搭載されて打ち上げられ、宇宙実験が実施された。

さて、ジョンソンスペースセンターにてスペースシャトルからの運用データを見ていたプラズマ電磁加速器の開発エンジニアは、突然つぶやいた。「コンデンサーのヒューズが今一つ飛んだ」、「コンデンサーは沢山あるので運用には全く影響は無いがその箇所は...だ」。

そうして戻って来た装置を点検した結果、たしかにコンデンサーのヒューズは飛んでおり、箇所も予想した部分の通りだった。「宇宙へ行って戻って来る」ということの意義を実感したかと思われる。戻って来た電子ビーム装置及びプラズマ電磁加速器は宇宙科学研究所に展示されており、一般に公開されている。

(文責:伊地智幸一)

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