宇宙ビジネス・政策コンサルタント 佐藤龍一がおくる欧州最新情報
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地球観測には衛星の他に航空機、ヘリコプターやドローンが用いて行われるが、簡単に言うと主に地球の表面から反射される太陽光をカメラで観測し、それを分析する事で観測対象の性質や状態を把握する。光には様々な波長(周波数)があり、波長によって反射する物質が異なる。例えば赤外線の波長だと植物が強く反射する。従って赤外線センサーで観測できる衛星は植物の分布を調べることができる訳だ。この様に波長のどこを見るかによって見えてくる物が変わる為、特定の波長で観測し、特定の物質の分布を把握するのが地球観測衛星の原理ともいえる。
ならば反射光を数十、または数百もの波長帯に細かく分けて観測すれば観測対象をより詳細に渡って識別できる様になる。これがハイパースペクトル観測である。波長を細かく見る事でただそこに植物があるかないか、という基本的な分布情報だけではなく、植物の種類や健康状態の把握など、観測の幅が増える訳である。この利点を活かし、ハイパースペクトルは精密農業、生態系監視、森林管理、資源探査、大気の研究など様々な分野で利用されている。
参考:そらこと連載「ハイパースペクトルセンサHISUI」
https://www.sorakoto.space/serialization/hisui/post-5/
ハイパースペクトル観測は航空機や衛星を用いて1980年代から行われてきたが、使用用途は学術研究に留まっていた。しかし豊富な情報量を持つハイパースペクトル画像のポテンシャルは兼ねてから検討されており、近年、欧米ではハイパースペクトルセンサを搭載した衛星の商業サービスが台頭してきている。今回のそらこと記事ではハイパースペクトルデータ商業化の課題、及び欧米のハイパースペクトル衛星事業の現状について紹介する。
ハイパースペクトルデータ商業化の課題
これまでのハイパースペクトル画像は分解能は20m以上であった為、商業利用にはやや粗すぎる所があり、利用は学術研究や研究開発に留まっていた。更に数十から数百もの波長帯に渡って観測を行う為、データ量も膨大になり、衛星から地上局へのデータのダウンロード、そしてデータ処理も課題として挙げられていた。しかし分解能を10m以下に抑え、衛星コンステーレションによってより定期的に観測できる様になれば商業利用の価値はグッと高まると言われている。農業や森林監視、石油とガス、環境監視といった従来の利用分野の他、軍事向けの利活用も可能になり、例えばカモフラージュされている物をハイパースペクトルセンサで判別などがある。
欧米のハイパースペクトル衛星事業者
航空機よりも安く、広範囲に渡ってより多くのデータを取得できるハイパースペクトル衛星は2030年までに15ものミッションが予定されている。その中でもスタートアップ企業によってこの先5年間で様々なソリューションが台頭してくると言われている。
1.HySpecIQ
米国ワシントンDCに本部を置くHySpecIQは2013年に創設され、ハイパースペクトル衛星のコンステレーションとデータアナリティクス事業を推進しており、農業、鉱業、保険分野の他に政府機関やNGOによる災害対応や安全保障面での利活用を想定している。2019年9月にHySpecIQは米国諜報機関、国家偵察局(National Reconnaissance Office、NRO)と研究契約を締結し、NROへ定期的にデータを提供する事の可能性を調査する。
2.HyperSat LLC
米国のスタートアップ、HyperSatは分解能10mで200以上のスペクトルバンドを有する高解像度ハイパースペクトル衛星の商用コンステーレションを開発している。
2018年9月にIncentrum Group率いるエクィティ・コンソーシアムから投資8500万ドル(約90億円)の投資を受けた。この出資により、2機の衛星(200~300kg)の調達を完了し、2020年に打ち上げる予定である。ゆくゆくは6機の衛星コンステーレションによりデータを高頻度で提供する事を目指しており、米国海洋大気庁(National Oceanic and Atmospheric Administration、NOAA)から政府向けには4m、商用10mの分解能のデータを提供するライセンスを取得した。取得したデータは3次元のデータキューブとして構成し、高度データアナリティクスサービスを提供していく。
3.NorthStar Earth & Space
カナダ、モントリオールのスタートアップは40機のハイパースペクトル衛星コンステレーションで、10mの分解能データを1日回帰で提供する。カナダ政府含む、5200万ドル(約40億円)の投資を受け、TelespazioやThales Alenia Spaceといった大手宇宙企業ともパートナーシップを締結している。
4. Satellogic
アルゼンチンのスタートアップSatellogicは60機のハイパースペクトル衛星コンステレーションを開発しており、分解能30mのハイパースペクトル画像を提供する。ディープラーニングやマシーンラーニングといったAI技術を取り入れ膨大なデータの処理を可能にする。2017年に中国のIT大手テンセント率いる投資ラウンドで2700万ドル(約30億円)の出資を受け、更にブラジルのベンチャーキャピタルPitangaからも出資を受け、事業の拡大を図っている。
5.Cosine
光学機器の開発をメインとするオランダの中小企業Cosineは超小型ハイパースペクトルカメラの開発を行っている。2018年にはデンマークのGomSpaceが開発した6UのキューブサットGomX-4bに実証用のハイパースペクトルカメラ、HyperScoutを搭載し、70m分解能で45のスペクトルバンドでデータ取得を行っている。
この他にも欧州連合の公共地球観測プログラムCopernicusでは将来の拡張サービスとしてハイパースペクトル衛星が検討されている他、ドイツやイタリア宇宙機関もハイパースペクトル衛星を打ち上げ、官民で関心が高まっている。機器の技術の進歩によって分解能の向上し、衛星コンステレーション化によって回帰頻度も向上している今、衛星観測の次のステップはスペクトル分解能の向上なのかもしれない。
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