月面探査レースの先に描く
宇宙ビジネスの未来(前編)

「Google Lunar XPRIZE」に出場する日本チーム「HAKUTO」を率いる株式会社ispace。彼らの挑戦が宇宙ビジネスにもたらすインパクトについて探る。

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  • 月面探査レースGoogle Lunar XPRIZEに日本から唯一参加し、現在最終5チームに残るHAKUTOを率いるのが株式会社ispace代表取締役の袴田武史氏。
  • HAKUTOはエンジニア以外の人材も活躍する、プロフェッショナル集団。
  • 多様な価値観を交わしながら発展を描くのが、今後の宇宙ビジネスでは不可欠。

「月面に民間開発のロボット探査機を着陸させる」「着陸地点から500m以上移動させる」「高解像度の動画や静止画データを地球に送信する」という3つのミッションをクリアするまでの早さを競う月面探査レースがある。Google Lunar XPRIZE。その壮大なレースに日本から挑戦し、最終フェーズに駒を進めた5チームの内に残っている『HAKUTO』の代表で、HAKUTOを運営する株式会社ispaceを代表取締役として率いるのが、袴田武史氏である。
彼らの構想はGoogle Lunar XPRIZEでの優勝にとどまらず、その先に「宇宙を人類の生活圏にする」という壮大な未来図を、現実的なビジネスモデルとして描くことにまで及んでいる。「数万人単位の人類が、地球外で豊かに生活できるようになるまでの時間を短縮するのが私たちの役割」と語る袴田氏に、宇宙ビジネスの魅力や今後の方向性について、おおいに語ってもらった。

「技術」ではなく、「何かに挑戦する姿勢」に共感してもらっている

袴田氏がこの壮大な月面探査レース・Google Lunar XPRIZEへの挑戦を決意したのは2010年のこと。HAKUTOの前身となる「White Label Space」というヨーロッパチームへ参加したのがきっかけである。アメリカで航空宇宙工学を学び、帰国後、コスト戦略を専門とするコンサルティング会社でファイナンスの知識と経験を磨いていた袴田氏に、同チームの資金調達と組織運営を任せたいという打診が届いたのだ。

袴田:大きな資金を必要とするプロジェクトであることはわかっていましたので、果たして自分にできるかと正直迷ったのは確かです。でも彼らやローバー(月面探査ロボット)の開発を依頼されていた東北大学の吉田和哉教授とのディスカッション、そして自分で行った調査から「可能性はゼロではないな」と感じ始めたのです。もともと私は「100%できると確信したときしか動かない」ではなく、5%の可能性を100%にしたいと考えるタイプなので「まずは動こう」という気持ちになりましたね。

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少しでも可能性があるなら動く。強い信念と行動力がSORATOを宇宙まで運ぶ。

こうして袴田氏のGoogle Lunar XPRIZEへの挑戦が始まった。当初から資金調達の方向性は見えていたというが、しかしそこは数十億円を要する壮大なプロジェクトであり、さまざまな企業や個人から協力を取りつける折衝には相当の困難があったと予想される。ましてやプロジェクトそのもののスケールが大きく、現実のビジネスとの乖離を感じやすい内容である。ファイナンスの役割を担った立場としての苦労はいかばかりであっただろうか。

袴田:「宇宙」というキーワードは誰もが興味を持つ反面、現実的なビジネスに感じてもらえない傾向があります。交渉では「何か大きな目標に向かってチャレンジすることを世の中に示し、より多くの人が自分なりの挑戦をするきっかけになりたい」という、私たちの根本的な考えを最初に伝えるようにしています。宇宙という題材は誰もが憧れますし、私たちももちろん大好きですが(笑)、それだけに縛られていては誰も価値を感じてはくれません。パートナーさんたちは私たちの「技術」に対してサポートしてくれているのではなく、その「意義」に共感してくださっている。それに対して、どんな付加価値を提供できるのか。広い視野からある程度冷静に考えて交渉しています。

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夢や憧れだけではない現実的なアウトプットとしてなにを示すのか「意義」が大切と語る。

「宇宙」という未知の世界へ挑戦をする彼らの姿や想い、それに対する世間からの共感に、パートナーは広告やブランディング戦略としての価値を見出す。HAKUTOの存在、そしてチャレンジ自体がひとつの魅力的な商品コンテンツであり、そこにビジネスの可能性が生まれるという考え方は、これまでの技術利用やイノベーション中心の宇宙ビジネスとは一線を画す、新しい可能性といえる。

宇宙ビジネス参入のハードルを下げた、HAKUTOの功績

HAKUTOは「プロボノ」と呼ばれる登録ボランティアも含めて現在約100名の体制でGoogle Lunar XPRIZEの優勝を目指している。
袴田氏自身がそうであるように、HAKUTOというチームも、それを運営するispaceという会社も、いわゆるエンジニア以外の専門性を持つプロフェッショナルたちが多く参加しているのが大きな特徴のひとつだ。

袴田:宇宙開発という分野は、今後もっと民間企業が参入して産業化するでしょうから、もはやエンジニアだけでは対応しきれない部分が多くなります。経営者、投資家、組織運営、広報、財務...といった、いわばどんなビジネスにおいても存在する領域は当然宇宙ビジネスにおいても欠かすことはできません。そこはそれぞれきちんと仕事ができる人材に任せた方がいい。そんな意味で、私たちは多くの分野の専門家たちとともにプロジェクトを進めています。
新しいビジネスモデルやサービス、商品で世の中に価値を提供していく事業は、エンジニアだけでは成し遂げられません。「イノベーション」は多様な考え方や得意分野が合わさった部分に生まれると思っていますので、外部の人材も含めて、さまざまな価値観をもった人たちと仕事をするのは、今後の宇宙ビジネスの発展にとっても重要なことなのです。

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ユニフォームに腕を通すのは多種多様なバックグラウンドを持つ人たちだ。

HAKUTOのホームページにある、TEAMというコンテンツを見て欲しい。そこにはエンジニア以外にも、ファイナンス、マネジメント、商品企画、渉外、イベント、PR...と多種多様な分野で活躍する人材の充実した表情がある。
2017年末、インドのロケットに載り、HAKUTOの月面探査ローバー「SORATO」は月を目指す。ほかの4チームとの争いを制し、Google Lunar XPRIZEの優勝を勝ち取ることへの期待は高まっており、それは日本の宇宙ビジネス界にとって、かつてないほどの大きなインパクトになることは間違いない。
しかしそれと同等に、もしくはそれ以上に価値があるのは、この挑戦や彼らの活動そのものを通して、たとえ物理の法則やロケットが飛ぶ仕組みを知らない人たちでも「もしかしたら私も関わることができる世界なのかもしれない」と、"心のハードル"を下げたことにある。「仲間を集めて、みんなで努力して、アイデアを出し合う。たったこれだけで宇宙は手の届く存在になる...」という彼らのメッセージは、来るべき「宇宙ビジネス新時代」を象徴するキーワードとなるに違いない。

次回は、株式会社ispace代表取締役として、HAKUTOの挑戦の先に見据える宇宙ビジネスの構想と未来予想図について袴田氏に語ってもらいます。

そらこと編集部

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