世界一のハンドスピナーを作る
宇宙機器メーカーがタッグを組んで本気の挑戦(後編)

ギネス世界記録(R)を達成したハンドスピナー。宇宙開発に欠かせない部品「ジャイロ」が使われている。三菱プレシジョン株式会社とミネベアミツミ株式会社が共同開発したハンドスピナーから日本の宇宙技術に迫る。

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  • 衛星の姿勢を保つコマ「ジャイロ」
  • 衛星の高精度と長寿命を両立するジャイロ製造技術
  • 両社の信頼関係が世界一の記録を樹立

前回は世界一のハンドスピナーの開発について、三菱プレシジョン株式会社 鎌倉事業所製造部長の長井淳(ながいじゅん)氏と、ミネベアミツミ株式会社 営業本部マーケティング部商品企画室主査の小口忠徳(おぐちただのり)氏にお話を伺った。前回に続いて、ハンドスピナー開発の原点である宇宙開発に欠かせない部品、「ジャイロ」についてお話を伺った。

「ジャイロ」は人工衛星の姿勢を知るためのコマ

独楽(コマ)のように回転する物体は、回転の軸を傾けようとすると、直交する方向に傾くような力が働く。この力によって生じる傾き量を測れば、回転の軸をどれくらいの速さ(角速度)で傾けたのか計算することができる。これがジャイロの原理だ。人工衛星が現在はどちらの方向を向いているのか(姿勢)を知るために不可欠な装置として、ジャイロが使われている。その精度は1時間にわずか2/1000度以内という、正確なものだ。

この宇宙用ジャイロと、ジャイロの力をもとにして回転の速度や姿勢を計算する「慣性基準装置」を製造しているのが三菱プレシジョンだ。三菱プレシジョン製の宇宙用ジャイロが初めて搭載されたのは、日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げた東京大学宇宙航空研究所(現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所(ISAS)の前身)のラムダロケット。以来、現在に至るまでジャイロの基本的な設計は大きく変わっていないという。

長井「ジャイロの形を変えれば少し精度が上がるということもあるかもしれませんが、設計を変えてからまた信頼性を保証するのは大変です。宇宙機器は、修理に行くことができないというのが重要なポイントです。他の場所では故障してご迷惑をおかけした場合でも修理に行くことはできますが、宇宙はメンテナンスができませんから、非常に高い信頼性が必要なのです。

信頼性の保証には長期間の実績も重要ですが、最初に設計や製造工程を検討する段階で信頼性を担保できるものを決めるということが大切ですね。その次に生産を続けて実績を積んでいくというプロセスになります。現在のジャイロは精度も良く、信頼性も高いものです。今後、人工衛星だけでなく火星や小惑星を目指す探査機にも、信頼性の高い技術を確実に使っていくことが重要視されるでしょう」

宇宙で10年以上、メンテナンスフリーでジャイロを支えるベアリング

ジャイロが正確に姿勢を検出できなくなったら、人工衛星全体が使えなくなってしまう。毎分1万回転するジャイロを10年以上、劣化することなく支え続けるベアリング(軸受け)を製造しているのがミネベアミツミだ。

ジャイロで使われているのは2つのリングの間にボールを挟み、その転がりで摩擦を小さくするボールベアリング。自動車などに使われるベアリングは、潤滑油を定期的に注油したり、潤滑剤の粘度を高めたグリスなどを入れるなどしている。しかし宇宙では注油などのメンテナンス作業ができない。グリスは粘度が高いので回転の抵抗になってしまう。

そこで宇宙用ジャイロのベアリングは、ボールが外れないように押さえている「保持器」に工夫があるという。保持器に潤滑油を含浸させ、常にボールの表面を一定量の油で潤しているのだ。保持器からボールに油を供給したり、逆にボールから油を吸収したりというバランスにより、わずか0.1μL(マイクロリットル、1滴の数百分の1)という精度で潤滑油の量をコントロールし、高精度と長寿命を両立した。

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この小さな部品が衛星の寿命を決める重要なパーツとなる

小口「通常のお客様ですと弊社から出荷するベアリングをそのままお使いいただきますが、三菱プレシジョン様は弊社が納入したベアリングを分解、洗浄して潤滑油の管理までされてお使いいただいています。我々のお客様の中では世界一厳しい要求をされ、我々のベアリングを一番よく理解していただいているお客様なので、信頼申し上げています」

長井「もちろん、ミネベアミツミ様での洗浄や管理を信頼していないわけではありません。我々は最終的な製品としての慣性基準装置の保証をしなければならないので、自分達でもう一度やっているのです。製品に何か問題が起きた時に、アセンブリ(組立)メーカーと部品メーカーさんのどちらが悪いかなどと言い合っているようでは、良い製品は作れません。お互いに目的や用途を理解しながら一緒に製品を作っていくという信頼関係が欠かせないのです」

宇宙技術を支える信頼関係から誕生、芸術的ハンドスピナー

単なる部品購入ではなく、互いの技術を理解し信頼しての共同作業で作られる宇宙用ジャイロ。そんな関係が「世界一のハンドスピナー」という、本来の業務からやや外れたチャレンジを可能にした。小口氏も長井氏も「日頃からの信頼関係がなければ、このチャレンジはなかった」と語る。そして、両社が組むからには互いの技術を出し合って、世界一を目指すと意気投合した。

数回の試作を経て作り上げられたハンドスピナーの部品は、金属の塊から削り出したままの表面で、塗装やメッキなどの表面処理をしていない。これは宇宙用ジャイロと同じで、宇宙は真空のため表面の錆などを考える必要がなく、塗装やメッキはむしろゴミを発生させて故障の原因になるからだ。

表面はまるで研磨したかのように美しい曲面を描いており、まさに宇宙品質というわけだが、その見事な仕上がりを見ると芸術品のように思えてくる。

小口「100個限定で製造して、1個49800円で販売もしたのですが、あっという間に予約で売り切れました。個人情報なので詳しくは言えないのですが、研究者さんやデザイナーさんといったお客様が多かったと聞いています」

長井「ハンドスピナーの場合は、開封して手で遊ぶとだんだん色合いが変わっていくと思いますが、それも楽しんでいただければと思います。また、ベアリングが入っている部分はあえて分解できる構造にしています。中の構造を見て、我々の思いを探っていただけると面白いのではと思います」

宇宙開発を支える技術を、多くの人に知ってもらいたい

世界トップレベルの技術を誇る両社だが、消費者向け商品のメーカーではない。そのため、一般の知名度は高いとは言えない。しかし「世界一のハンドスピナー」の成功はニュースでも取り上げられて大きな話題になった。

小口
「本当に良いデザインにしていただきました。我々からはこのスピナーは、ベアリングの形に見えるんです。リングの中の丸い穴がボールのように見えて。ベアリングを作っているミネベアミツミという会社を知っていただく良い機会になったと思います」

長井
「一般の人は宇宙開発と言うとJAXAさんなどを思い浮かべると思いますが、三菱プレシジョンという会社があって、その技術も役立っているんだということにも陽が当たったかなと思います」


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2時間にわたるインタビューは笑いが絶えず、お互いに対しての厚い信頼と尊敬があった。

インタビューは終始、笑いを交えて和やかに進んだ。二社が長年培ってきた信頼感ゆえに、今回のような大胆な企画に結びついた。そのハンドスピナーはギネス記録という、世界一の記録を達成した。それもすべては宇宙を支える確かな技術力があってこそだ。塗装なしの滑らかな研磨で柔らかい光を放つ、世界最高級のハンドスピナーが、滑らかに手の中で回っている。これこそが日本の宇宙開発を支える技術の髄なのだ。

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